ビートルズ特集


A Hard Day's Night (1964)

楽曲紹介[2]

 

"Any Time At All"

 個人的な話で恐縮だが、この曲は、シングルでリリースされた "I'll Get You" と並び、筆者が最も口ずさむ機会の多いレノン・ナンバーである。"I Want To Hold Your Hand" が「抱きしめたい」という日本語タイトルにもかかわらず「君の手を握りたい」というほのかな恋心を歌っているように、当時のジョンが作るラブ・ソングからは、好きな女性に対して、一歩距離を置いてはにかむような奥床しさを感じてしまう。この曲においても、「君が誰かの肩にもたれて泣きたい時に、それが僕の肩でありますように」など、直接的な表現をあえて避けることで自分の恋心を相手に伝えようとする作者の純朴とも言える一面 がうかがわれる。

 "I'll Get You" にしても、一見するとストレートに求愛するラブ・ソングのようだが、ロングマン英英辞典による "get" の意味として最初に書かれているものは "to be given" である。従って、"I'll Get You" の日本語への直訳は「君を手に入れる」という力強い意思表示ではなく、「君を与えられるだろう」という観測的な受け身の表現が正しいとも考えられる。いずれにせよ、この点においてジョンは、完璧な美しさのラブ・ソングで相手のハートを引き寄せ、如才なくエスコートしていく感のあるポールとは対照的である。天才ポールに対するジョンの人気の秘密の一端は、このような人間臭さにもあるのではないだろうか。

 

"I'll Cry Instead"

 映画「ア・ハード・デイズ・ナイト」 用にジョンが作曲したものの当初は使用されず、再上映にあたってオープニングに挿入されたナンバー。従って、今日、一般 に入手しうる前記映画のビデオ・バージョンでは、この曲がオープニングに使用されている。ミドル・パートから主題部分へかえる時のたゆとうようなメロディの危うさと、リズムギターが休む瞬間に下降していくポールのベースラインが印象的である。

"Things We Said Today"

 当時のガールフレンドであった女優ジェーン・アッシャー(21) とのすれ違いの日々をテーマに作ったと言われるポールのナンバー。冒頭から力強くリズムを刻むアコースティックギターが、曲全体を印象深いものにしている。この曲も、 "Tripping The Live Fantastic" (1990年リリース) (17) に収録されているのだが、ライブ・バージョヱを聴くと、かなりゆっくりしたテンポで演奏されているうえにギターリフが新たに追加され、さらにキーボードのサポートが加えられるなど、ほとんど別 バージョンと言えるほどのアレンジである (結果的にプレイ時間もオリジナル・テイクより1分以上長い)。

 当時のツアーが、ビートルズ時代の曲をほぼ同じアレンジで再現することを売り物の一つにしていたことに照らせば、この曲に限っては例外と言えるほどの変化が加えられたことになる。曲全体のイメージが地味であることを考慮し、ライブ向けの工夫を施したと考えられなくもないが、ライブに適した他のビートルズ・ナンバーを選択する手もあったはずであり、ポール自身によるこの曲の評価について、やや判断に苦しむ面 がないわけでもない。

"When I Get Home"

 シングル・トラックからトリプル・トラックまでを駆使して録音されたジョンのボーカルとコーラスに加え、エレクトリックによるリズムギターも印象的で、音楽的にはほとんどジョン一人が目立つナンバーである。ミドル・パートではリズム・トラックに変化をつけることが多いビートルズにしては、珍しく曲の全編を通 してジョンのリズムギターがほぼ同じスタイルで活躍する。

"You Can't Do That"

 作曲者であるジョン自らが「ウィルソン・ピケット(22) になろうとした実験」と語った作品で、リード・ボーカルもジョンが担当している。また、この曲では、ジョージではなくジョンがギターソロを弾いたことも話題の一つだが、カントリーやロックンロールからの影響が顕著なジョージに対し、ジョンは明らかにリズム&ブルースへの傾倒ぶりを伺わせる黒い演奏を披露している。

"I'll Be Back"

 ジョンがデル・シャノン(23) を意識して作ったと言われる作品であり、歌詞の一部からも「悲しき街角」を念頭に置いて曲作りを行ったことがうかがわれる。最近になって、この曲はジョンが実の父親(24) に向けて歌ったものとの説があることを知ったが、少なくとも歌詞の内容からは真偽のほどを判断しかねる。なお、主題部分の冒頭で歌われるコーラスは、譜面 で見るとすべて同じ表記のはずなのだが、箇所によって異なる響きを持つようにも聴こえてくる。旋律の前後関係による聴き手側の錯覚なのか、あるいは、彼らが感覚的に音の強弱を違えているのかは判然としない。

 

以上 "A Hard Day's Night" 終わり

 注) アルバムの日本語解説のほか、以下の文献を参考にしている。

 ・マイルズ編・吉成伸幸訳「ビートルズ伝説」(シンコーミュージック 1986年)
 ・速水丈: 監修「地球音楽ライブラリー ビートルズ」(TOKYO FM 出版 1997年)
 ・レコード・コレクターズ増刊「ザ・ビートルズ コンプリート・ワークス1」(1998年)

 

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