ビートルズ特集


ポール・マッカートニー/ジャパン・ツアー2002

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 およそ10年ぶりとなるポール・マッカートニーのジャパン・ツアー "driving japan" は、2002年11月11日の東京ドーム公演でその幕を開けた。今回が最後のツアーという噂も伝わり、日本のファンにとっては文字どおり待ち焦がれたポールのライヴ・コンサートである。

 ドーム内を周回する無数のバルーンと奇抜な衣装を着込んだダンサー達によるレビューが終わった後、ヘフナー・ベースを手にしたポールが遂にステージ上に姿を現す。大歓声のなか、オープニング・ナンバーの「ハロー・グッバイ」を歌い始めたポールからは、体調、ボーカルともに驚くほどの好調さが感じられ、今回の全米ツアー時から言われている「過去最高のライヴ」という評価が決して誇張されたものではないことをあらためて実感させられた。

 ところで、今回のツアーの意義と位置付けをよりわかりやすく把握するために、過去2回にわたって行われたポールのワールド・ツアーをここで簡単におさらいしておきたい。

 ソロ・ミュージシャンとしてのポールのワールド・ツアーは過去2回行われているが、1989年にスタートしたツアーがその第一回目である。このときのポールは、直前に仕上げたアルバム「フラワーズ・イン・ザ・ダート」のセッション・メンバーを従えてツアーを敢行したわけだが、このツアーの意味は、誰もが見たくて仕方のなかった「ビートルズの続き」を見せることにあったと思われる。

 コンサートの曲目にはビートルズ・ナンバーが多く含まれたが、のみならず、ビートルズ時代のアレンジと音色をほぼ忠実に再現してビートルズのヒット曲を蘇らせることがこのツアーの最大の目玉 とされた。また、開演前にはリチャード・レスター監督による映像がスクリーンに映し出され、60年代を象徴する内容を集めた映像作品としてファンの話題を集めた。いずれの側面 からも、第一回目のツアーはビートルズを強く意識したことが明らかで、また、そのことが当時のファンの欲求に最もストレートに応えるための近道でもあったと言えよう。

 続く2回目のツアーは1993年にスタートしている。前回からそれほど間があいていないこともあり、同行したメンバーは前回ツアー時とほぼ同じ顔ぶれである。このツアーは、前回のツアーの成功もあり、ようやくビートルズやウイングスからの呪縛を解かれたかに見えたポールが、充実した大人のロックンロールを披露し、そして、自らもこれを存分に楽しむことにその意義があったように思う。ほぼ全員が2回目のツアーとなるマッカートニー・バンドは、相互のコンビネーションやコミュニケーションを含めたバンドとしての一体感が素晴らしく、AORとはまったく異なる意味での本物のアダルト・ロック・バンドとしての貫禄にあふれたパフォーマンスを展開したのである。

 そして、これが最後とも囁かれる今回のツアー2002 に至る。前回からおよそ10年の歳月を経ていること、ステージ上にリンダの姿がないことなど、時間の経過とその間の出来事を偲ばせるには十分な変化が加えられたステージとなったが、なかでも特筆すべきはポールのバックを固めた若手ミュージシャンの顔ぶれであろう。

 ギターのラスティー・アンダーソン、ドラムスのエイブ・ロボリエル・ジュニアを中心とする今回のツアー・メンバーは、いずれも年齢的にかなり若いミュージシャン達である(キーボードのウィックスだけが過去2回のツアーと共通 するメンバーだが、その彼も年齢はラスティー達に近い)。

 ビートルズをリアル・タイムで体験していない彼らは、ビートルズと同じ時代を共有し、かつ、ビートルズやポールの影響下でミュージシャンへの道を歩んだ多くのアーティスト達が抱くビートルズへのコンプレックスをおそらく持っていないものと思われる。音楽家としてのポールを尊敬しつつも、同じミュージシャンとしてポールへのコンプレックスを持たない彼らが叩き出すサウンドは斬新で、かつ、容赦がない。(実際のところ、今回の若手メンバー達の溌溂としたプレイぶりは、過去のツアー・メンバーであるロビー・マッキントッシュヘイミッシュ・スチュアートらのベテラン・ミュージシャン達がビートルズ・サウンドの忠実な再現に腐心していた様子とはあまりにも対照的である)

 70年代のムーディなイメージを一掃してしまうかのような「マイ・ラヴ」の破壊的なギター・ソロ、ジョン・レノンの甘いハーモニーとはかけ離れた「シーズ・リーヴィング・ホーム」のパワフルなバック・コーラスなど、今回のツアー・バンドが生み出すサウンドからは、意図的にオリジナル音源へのこだわりを捨てて新たなサウンドの構築を目指すメンバー達の気概が感じられる。

 そして、真に驚くべきは、今や還暦を迎えたロック・スターのポールがなお新たなチャレンジに向かうその姿勢と言うべきではないだろうか。フランク・シナトラのようなポップス・シンガーであれば、年齢から生じる衰えを自らの武器に変えて味わい深い歌声を聴かせることができる。しかし、そもそも年老いることが許されないロック・スターにそのような逃げ道は与えられない。ポールは、生涯最後とも伝えられるツアーに全盛期の自分を知らないメンバーをあえて抜てきし、現代的で破壊的なロック・サウンドを奏でさせながら自らのボーカル・ラインでそのロック・サウンドに真っ向から挑むという道を選択した。そして、この選択が信じ難いほどの大きな実りを生み出しているところに、ポールの真の偉大さを感じないではいられないのである。

 過去のキャリアからも明らかなとおり、ポールの音楽活動に「安住」の二文字はない。彼は、一つの成功を成し遂げれば意外なほどの淡白さでその衣を脱ぎ捨て、新たなアイディアへのチャレンジを繰り返していく。その意味でポールは、「転石」を名乗りながらも大いなるマンネリを続けるローリング・ストーンズのような同世代の他のアーティスト達とは明らかに区別 して捉えられるべき音楽家と言えよう。

 この日のコンサートは、アルバム「アビイ・ロード」収録のビートルズ・ナンバー「ジ・エンド」によって締めくくられた。再び繰り返されるビートルズ最後のメッセージを聴きながら、ビートルズとポールの音楽に魅せられた人間の一人として、これからのポールが歩むであろう音楽家としての道程を可能な限り見届けたいとの思いを新たにしたのである。

 (ご参考までに、筆者が体験した2002年11月11日のコンサート演奏曲目リストを添付します。こちらからどうぞ)

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