ロック名曲セレクション



蒼き風
  ジェフ・ベック

なごみ
ダンス
ソウル

原題 Blue Wind
リリース 1976年
作曲 ヤン・ハマー
プロデュース ヤン・ハマー
演奏時間 5分54秒
収録アルバム 「ワイアード」(エピック/1976年)
ミュージシャン ジェフ・ベック(ギター)、ヤン・ハマー(ドラムス、シンセサイザー)

 

[レビュー]

 エリック・クラプトンジミー・ペイジ、ジミ・ヘンドリックスらとともに神格化されたギタリストとして並び称されるジェフ・ベックは、1944年6月、英国ロンドン郊外のサリー州、ウォリントンに生まれた。1966年にクラプトンの後任としてヤードバーズに参加したジェフ・ベックは、ジミー・ペイジとのツイン・リードに加え、フィードバック奏法などの画期的なギター奏法を生み出すことで人気ギタリストとしての一時代を築く。

 その後、1967年にはロッド・スチュワート(ボーカル)、ロン・ウッド(ベース/後にフェイセズローリング・ストーンズへ参加)、エインズレー・ダンバー(ドラムス/アルバム制作時にはミック・ウォーラーと交代)とともにジェフ・ベック・グループを結成。「トゥルース」と「ベック・オラ」の2枚のアルバムを残してこのグループは消滅するが、1971年には、ボブ・テンチ(ボーカル)、マックス・ミドルトン(キーボード)、コージー・パウエル(ドラムス)らを迎えて第2期のジェフ・ベック・グループが結成される。

 この新グループもアルバム2枚を発表して解散したことから、当時のジェフ・ベックにはバンドの解散癖がささやかれることとなるが、ジェフは、かねてから競演を熱望していたと言われるヴァニラ・ファッジのリズム・セクションとともに、1973年にベック、ボガート&アピスを結成する(このグループもアルバム1枚を残して解散)。

 これらのバンド歴、そして、その後に続いたしばらくの沈黙期間を経てジェフ・ベックが辿り着いた解答は、ジョージ・マーティンをプロデューサーに起用したソロ・アルバム「プロウ・バイ・ブロウ」(1975年) のリリースであった。ボーカリストを配することなく、ギター中心のインストゥルメンタル・ナンバーだけで構成される「ブロウ・バイ・ブロウ」は、冒険的なロック・アルバムとしてファンの支持を受けるとともに、「スキャッターブレイン」、「哀しみの恋人達」などのジェフの代表曲を生み出すこととなった。

 さらにジョージ・マーティンのプロデュースによってアルバム「ワイアード」(1976年) をリリースしたジェフ・ベックは、このアルバムの中で当時のフュージョン界のスター・プレイヤー(ヤン・ハマー、ナラダ・マイケル・ウォルデン)と競演することにより、ロックの境界を踏み越えたクロスオーバーと呼ばれるニュー・ジャンルヘ挑戦する姿勢をよりあらわにすることとなる。

 本ナンバー「蒼き風」は、ジェフ・ベックのギターとヤン・ハマーのキーボードによるインター・プレイを中心としたコラボレーション的な作品であり、「ワイアード」収録曲の中でも、とりわけクロスオーバー色の強いナンバーと言える。その意味で、「蒼き風」は当時のジェフ・ベックの音楽観とプレイヤーとしての姿勢が最も色濃く表れた楽曲の一つと言ってよいのではないだろうか。(なお、「ワイアード」の収録曲の中で「蒼き風」だけがジョージ・マーティンではなくヤン・ハマーによってプロデュースされている)

 曲は、大きく分けると3つのパートから構成され、始めと終わりがギターとキーボードによるツイン・リード、真ん中の部分が二人のソロ・パートの応酬によるインター・プレイとして演奏される。聴きどころはもちろん二人によるソロの掛け合いだが、ベースとなるリズム・トラックがほとんど変化しない中で、ギターからキーボード、さらにはキーボードからギターへとソロを渡すごとに変奏曲のごとくフレーズが多彩 に変化していく様子は、 まさに手に汗にぎるようなスリルと興奮に満ちている。また、ジェフのギター・プレイとしては、彼の3回目のソロとして登場する速弾きのフレーズが最大の聴かせどころであろう。

 

[モア・インフォメーション]

 「蒼き風」でジェフ・ベックと共演し、また、この曲の作曲者並びにプロデューサーとしてクレジットされているヤン・ハマーは、1948年生まれ、チェコスロバキア(当時)、プラハの出身。60年代半ばにはワルシャワ・ジャズ・ジャンボリーでプレイしていたが、1968年のソ連軍によるチェコ侵攻を機に米国へ亡命。以後、サラ・ボーンなどの作品に参加しながら、70年代初頭にマハヴィシュヌ・オーケストラのキーボード奏者として名声を得ることとなる。

 アルバム「ワイアード」への参加後、ジェフ・ベックとの共演の機会が増えたヤン・ハマーは、自らのバンド、ヤン・ハマー・グループの米国ツアーにジェフ・ベックをソロ・ギタリストとして帯同したほか(このツアーでのレコーディングは、1977年のライブ・アルバム「ライブ・ワイアー」としてリリースされた)、1980年と1985年にそれぞれリリースされたジェフ・ベックのソロ・アルバム「ゼア・アンド・バック」と「フラッシュ」にもサポート・メンバーとして参加している。

 「ワイアード」への参加が話題を呼んだもう一人のプレイヤー、ナラダ・マイケル・ウォルデンも、当時はマハヴィシュヌ・オーケストラのドラマーとして活躍していた。

 フュージョンに限らず、ジャズ、ロックからリズム&ブルースまでを幅広く手掛けるナラダ・マイケル・ウォルデンはソングライターやプロデューサーとしてもその才能を発揮し、1993年にリリースされた映画「ボディガード」のサウンドトラック盤のプロデューサーとしてグラミー賞を受賞したほか、マライア・キャリー、アレサ・フランクリン、テヴィン・キャンベルらのアルバムをプロデュースするなどの活躍を続けている。

 ・関連ページ ジェフ・ベックのリンク集

 ・関連ページ エリック・クラプトンのリンク集の参加グループへ(ヤードバーズのオフィシャル・サイトを含む)

 ・関連ページ アレサ・フランクリンのリンク集へ(ナラダ・マイケル・ウォルデンのオフィシャル・サイトを含む)

 

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