ミスター・ソウル | |
バッファロー・スプリングフィールド |
なごみ
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ダンス
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ソウル
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原題 | Mr. Soul |
リリース | 1967年 |
作詞・作曲 | ニール・ヤング |
プロデュース | チャーリーとブラウン、彼らの友だちからの少しの手助けとともに(アルバム・クレジットより) |
演奏時間 | 2分35秒 |
収録アルバム | 「バッファロー・スプリングフィールド・アゲイン」(アトランティック/1967年) |
ミュージシャン | ニール・ヤング(ボーカル、ギター)、スティーヴン・スティルス(ギター、ボーカル)、リッチー・フューレイ(ギター、ボーカル)、他 |
[レビュー]
ニール・ヤング、スティーヴン・スティルスらを中心に米国ロサンゼルスで結成されたバッファロー・スプリングフィールドは、1967年2月にアルバム「バッファロー・スプリングフィールド」をリリースしてレコード・デビューを飾り、このアルバムからのシングル「フォー・ホワット・イッツ・ワース」(作曲はスティーヴン・スティルス)がヒットするなど、まずまずのスタートを切った。
その後、1967年12月にリリースした「バッファロー・スプリングフィールド・アゲイン」、翌年の68年リリースの「ラスト・タイム・アラウンド」と合わせて計3枚のアルバムを残して解散に至るバッファロー・スプリングフィールドだが、彼らのアルバムの中では、2枚目に発表した「バッファロー・スプリングフィールド・アゲイン」の評価が最も高い。
その理由の一つとして、「バッファロー・スプリングフィールド・アゲイン」においては、デビュー・アルバムですでにソングライターとしての素質を発揮していたニール・ヤングとスティーヴン・スティルスに加え、リッチー・フューレイが三人目の作曲家としてソング・ライティングを試みていることが挙げられるだろう。
その結果、当時のバッファロー・スプリングフィールドには、激しさと優しさが同居するニール・ヤング、ハード・ロックばりのタイトなリズムの上にブルージーな旋律を描くスティーヴン・スティルス、さらには牧歌的なカントリー・ミュージックにラディカルなポップ・センスをブレンドしたリッチー・フューレイと、それぞれタイプが異なりながらも拮抗する実力を持つ三人のソングライターが並び立つことになったのであり、この意味において、当時のこのグループはロック史上においても希有なロック・バンドの一つであったと認めざるを得ないのである。
さて、本ナンバーの「ミスター・ソウル」だが、アルバム「バッファロー・スプリングフィールド・アゲイン」のオープニングを飾る作品であるとともに、このグループを代表する楽曲としても知られるナンバーである。作曲者兼リード・シンガーはニール・ヤングだが、スティーヴン・スティルスとリッチー・フューレイの二人がリズム・ギターとコーラスでサポートしている。
曲は、エレクトリック・ギターを中核としたタイトなリズム・セクションの上にニール・ヤングがシャウトするハードなロック・ボーカルを中心に展開する。リード・ボーカルに重なるコーラス・パートも、フォーク・ロック特有のハーモニーの美しさではなくアップ・テンポのロックンロールとしての激しさをより重視したかのようなタイトなコーラス・ワークとして加えられている。また、間奏部分でニール・ヤングが奏でるリード・ギターには当時のウエストコーストを席巻していたサイケデリック・ブームの影響が強く感じられ、彼らの実験精神の一端をここに垣間見ることができる。
なお、この曲のクレジットには何故かリズム・トラックの表記が欠けているが、当時のバッファロー・スプリングフィールドにはベーシストのブルース・パーマーとドラマーのデューイ・マーティンが正規のメンバーとして加わっており、おそらく彼らがレコーディングに参加していたものと想像される。
[モア・インフォメーション]
アルバム「バッファロー・スプリングフィールド・アゲイン」は、「ミスター・ソウル」の他にも、バーズのデヴィッド・クロスビーにインスパイアされてスティーヴン・スティルスが作曲した「ロックンロール・ウーマン」、演劇的な構成と大胆なリズム・チェンジが印象的なニール・ヤング作曲の「折れた矢」など、このグループを代表する楽曲を多く含み、バッファロー・スプリングフィールドの音楽性を最もよく伝える作品としてロック・ファンに愛聴されている。
才能豊かなミュージシャンの集合体であったバッファロー・スプリングフィールドは、他のスーパー・グループの例が示すとおり、メンバー間のエゴの衝突などを理由にわずか2年足らずの実働期間の後にグループの解散に至ってしまう。
しかしながら、スティーブン・スティルスとニール・ヤングが参加したクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングや、リッチー・フューレイとジム・メッシーナを中心に結成されたポコ、また、ジム・メッシーナがケニー・ロギンスと組んだロギンス&メッシーナなど、バッファロー・スプリングフィールドの出身者がその後のフォーク・ロック、カントリー・ロックの中核を成すグループの主要メンバーとして活躍していることは事実であり、その意味で、バッファロー・スプリングフィールドが米国のフォーク/カントリー・ロック史上でバーズやグラム・パーソンズに匹敵する重要な役割を果 たしていることは明らかと言えよう。
(ジム・メッシーナは、エンジニアとして「バッファロー・スプリングフィールド・アゲイン」における幾つかの曲のレコーディングに携わっているが、後に正式メンバーとしてグループに加わることになる)
なお、バッファロー・スプリングフィールドは、1997年にロックの殿堂入り(The Rock and Roll Hall of Fame)を果たしている。
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