ロック名曲セレクション


セント・ステファン
  ザ・グレイトフル・デッド

なごみ
ダンス
ソウル

原題 St. Stephen
リリース 1969年
作詞・作曲 ロバート・ハンター、ジェリー・ガルシア、フィル・レッシュ
プロデュース

不明(クレジットなし)

演奏時間 4分25秒
収録アルバム 「アオクソモクソア」(ワーナー/1969年)
ミュージシャン ジェリー・ガルシア(ボーカル、ギター)、ボブ・ウィア(ギター、ボーカル)、フィル・レッシュ(ベース、ボーカル)、ミッキー・ハート(パーカッション)、ビル・クルーツマン(パーカッション)、トム・コンスタンテン(キーボード)、ロン・”ピッグペン”・マッカーナン(キーボード、コンガ、ボーカル)、デヴィッド・ネルソン、ピーター・グラント [以上、アルバム全体のクレジットを転記]

 

[レビュー]

 60年代半ば以降の米国ウエストコーストを吹き荒れたサイケデリック・ロック・ブームの担い手として活躍し、また、その後の30年近くにわたって米国のロック・シーンに影響を及ぼし続けたグレイトフル・デッドは、全米のロック・ファンに愛され続けた文字どおりの国民的なロック・バンドである。

 ブルーグラスのバンジョー奏者だったジェリー・ガルシアを中心に1965年にサンフランシスコで結成されたグレイトフル・デッドは、1967年7月にワーナー・ブラザースからアルバム「ザ・グレイトフル・デッド」をリリースしてレコード・デビューを飾る。

 翌年の68年にはセカンド・アルバムの「太陽の賛歌」(原題は "Anthem Of The Sun")を発表して順調なレコーディング活動を印象づけたデッドだが、デビュー直後の2枚のアルバムは、彼らの音楽的ルーツであるブルースやカントリーの要素が前面 に出ていることもあり、当時のデッドがライヴ・パフォーマンスで発揮していたサイケデリックなステージの熱狂を存分に取り込んだ作品とは言い難かった。

 これらのルーツ・ミュージックへ傾倒気味のアルバム制作時代を経て、グレイトフル・デッドのスタジオ・レコーディングが本格的に彼ら本来の個性を輝かせ始めるのは、グループのサード・アルバム「アオクソモクソア」からである。依然としてブルースやカントリーをベースにした曲作りがなされているものの、「アオクソモクソア」に収録された曲目の大半からは、電気的な処理を施したボーカル・ラインや多重録音の多用、また、これまでのロック・ナンバーではほとんど聴かれることのなかった印象的なリズム・チェンジなど、サイケデリックな音色を意識するデッドの姿勢がストレートに伝わってくる。

 本ナンバー「セント・ステファン」は、サード・アルバム「アオクソモクソア」のオープニングを飾るナンバーであるとともに、後にデッド・クラシックとも呼ばれる初期のグレイトフル・デッドを代表する名曲の一つである。ブルース・フィーリングにあふれたギター・フレーズを伴いながらも複雑なリズムの変化によって多様な表情を見せる「セント・ステファン」は、ライヴ・ステージのみならずスタジオ・レコーディングにおいてもサイケデリックなサウンドを強く志向し始めたこの時期のデッドを象徴するナンバーと言えるだろう。

 曲は、2本のギターによる緩やかなイントロからスタートしてアップテンポなボーカル・パートへと引き継がれる。ミドル・パートではイントロのゆったりした主題が復活し、これをボーカル、ギター、キーボードの三者がユニゾンで奏でて曲の流れに落ち着きを取り戻すが、直後に再びアグレッシヴなメインの旋律へ流れ込むことで曲の表情が一変する。

 ミドル・パートの終幕近くで聴かれる東洋的なギター・フレーズ、間奏とエンディングのインスト・パートを彩 る無調性でジャジーなピアノ・ソロ、さらには既成の音楽理論では説明困難とも感じられる曲全体の複雑なリズムの変化からは、この曲の放つサイケデリアなロック・ナンバーとしての魅力が十分に伝えられていると言ってよいだろう。

 

[モア・インフォメーション]

 「アオクソモクソア」は、「セント・ステファン」のほかにも、電気的処理によってボーカル・ラインに特徴を持たせた「ローズマリー」やサイケ調のブルース・ロック・ナンバー「チャイナ・キャット・サンフラワー」など、この時期のデッドを代表する多くのナンバーを含むことで、デビュー当初のグレイトフル・デッドにとって最も高く評価されるアルバムとなった。

 なお、「セント・ステファン」や「チャイナ・キャット・サンフラワー」のようなナンバーから特に顕著にうかがわれるように、2本のギター、2台のキーボード、ツイン・ドラムスによって構成されるデッドのサウンドはかなり重層的で、楽曲全体の構造についても十分に練り上げられている様子が伺える。それにもかかわらず、聴き手側にアドリブ主体のインター・プレイ的な印象が強く残る理由は、デッドがスタジオ録音においてもライヴ・バンドとしての性格を失わず、彼ら独自のフリー・フォーム的な演奏スタイルを貫き通 している点に求められるだろう。

 その後、グレイトフル・デッドはアルバム「ワーキングマンズ・デッド」(1970年)と「アメリカン・ビューティ」(1970年)を発表し、これらの2枚の作品においてCSN&Yばりの美しいコーラス・ワークを生かしたフォーク・ロック的なサウンドへ一時的に急転回してファンを驚かせる。特に、「ワーキングマンズ・デッド」からは「アンクル・ジョンズ・バンド」のシングル・ヒットが生まれたほか、アルバムそのものも全米アルバム・チャートの第27位 へランク・インするヒットを記録している。

 意外なことに、グレイトフル・デッドにとって最大の商業的な成功は、レコード・デビューから20年を経てリリースされたアルバム「イン・ザ・ターク」(1987年)によってもたらされる。シングル・ヒット・ナンバーの「タッチ・オブ・グレイ」を含む「イン・ザ・ダーク」は、グループにとって初めての全米チャート・トップ10入りする大ヒット・アルバムとなったのである(最終的には第6位 まで上昇)。

 なお、グレイトフル・デッドは、ロック・ミュージック業界におけるその功績を称えられ、1994年にロックの殿堂入り(The Rock and Roll Hall of Fame)を果たしたことをお伝えしておきたい。

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